大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)1061号 判決

岡山市弓之町一三四番地

上告人

有限会社高原呉服店破産管財人

岡照太

岡山市東島田町一丁目一七番地

被上告人

坂井延治郎

右当事者間の否認権行使抵当権抹消登記手続請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和二七年一〇月三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一、二点について。

原審は訴外有限会社高原呉服店は、昭和二五年七月二二日支払停止をなし、同月三一日破産の申立を受け、同年八月三〇日破産を宣告されたものであること、破産会社は昭和二五年二月頃より営業不振に陥り、同年七月頃においては、資産は、本件建物を除いては商品売掛代金等をあわせて三〇〇万円位であつたに対し、約二、〇〇〇万円の債務を負担し、とうてい支払に応じきれない状態にあつたことを確定した上、破産会社の代表者高原正太郎は、本件建物は被上告人が建築したのであるから、工事の残代金につき先取特権を有し、従つてこれに抵当権を設定しても他の債権者を害しないと判断した結果、同年七月五日本件抵当権設定契約を締結したことを確定し、この事実によれば、破産会社は当時詐害の意思がなかつたものといわなければならぬと判断した。しかし、不動産工事の先取特権の効力を保存するには、工事を始める前に登記をしなければならないことは、民法三三八条一項が明らかに規定するところであつて、既に工事を始めた後に至つては、これを登記しても、何等の効力を有しないものと解すべきところ、本件において、原審は、工事がすでに完成したことを確定したけれども、先取特権の登記がなされたことはこれを確定しなかつたのであるから、高原のなした前記の判断は、法律を誤解したものといわなければならず、従つて右判断のみを以て、直ちに同会社に詐害の意思がなかつたものということはできない筋合である。以上の点において、原判決には、理由不備の違法があるといわなければならないけれども、原判決は更に、前記抵当権については、同年八月八日その登記がなされたが、被上告人はその後同月一一日頃開かれた債権者会議に出席して始めて支払停止及び破産申立のあつたことを知つたが、その設定契約締結及び登記を受けた当時はこれによつて破産債権者を害することを全然知らなかつたことを認定したのであつて、右事実は、原判決挙示の証拠によれば、これを認められないことはない。従つて、上告人は、破産法七二条一号、四号及び同法七四条のいずれによつても、本件抵当権設定若しくはその登記を否認しえない次第であつて、原判決は結局正当であり、本件上告はその理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 小林俊三)

昭和二七年(オ)第一〇六一号

上告人 有限会社高原呉服店

破産管財人 岡照太

被上告人 坂井延治郎

上告人の上告理由

上告人の主張する処は訴外有限会社高原呉服店(以下高原呉服店と云ふ)は岡山市上之町に於て呉服物等の販売業を営んできたものであるが営業不振に陥り昭和廿五年七月廿二日に支払停止をなし同月卅一日には破産宣告の申立を受け同年八月三十日遂に破産宣告を受け上告人は同時に其破産管財人に選任せられたものである。

然るに被上告人は高原呉服店と昭和廿五年七月五日(契約書は日附を遡及して六月廿日として居れり)建物抵当権設定契約書により元金十三万四千二百円、弁済期昭和廿五年六月卅日の債権を担保する為同呉服店所有の岡山市上之町五十八番地

家屋番号同町五十一番の四

一、木造瓦葺二階建店舖一棟

建坪六坪八合、二階五坪

一、木造瓦葺平屋建廊下一棟

建坪五坪二合

一、木造瓦葺平屋建居宅一棟

建坪九坪

に対し抵当権を設定し同年八月八日岡山地方法務局受附第六一五一号を以て之れが登記をなした。

そして被上告人は右債権に基ずき前記物件に対する抵当権の実行として同年八月廿五日岡山地方裁判所に競売手続開始決定を求める旨申立、同庁昭和廿五年(ケ)第二九号事件として競売手続が開始せられた。

然る処同呉服店は右抵当権設定当時は債務額実に二千余万円にして資産として計上すべきものは僅かに三百六十六万円位に過ぎない有様で同呉服店及被上告人は何れも本件抵当権設定行為並に其登記行為が其一般債権者を害する事を知れるものであり右は破産法第七十二条第一号、第四号、第七十四条該当の行為であるので上告人は本件抵当権の設定行為及其登記行為を否認し右競売手続の不許を求め併せて右登記の抹消を求める旨の主張事実である。(原審判決が引用した第一審判決に記載の原告の主張事実)

然る処原審判決は上告人の主張を排斥するに当り本件抵当権設定契約及登記をするに至つた経緯として

第一審証人高原正太郎(第一、二回)、春名泰治(一部)、広畑典生の各証言、第一審並に原審の被上告人本人訊問の結果を綜合すれば被上告人は同年四月下旬破産会社より本件建物増築並に修理工事を同年六月迄に完成して引渡すべく代金は二九八、〇〇〇円、該代金は被上告人に於て建築材料持込みと同時に半額、残金は完成引渡しと同時に支払を受ける約束で請負ひ約定期日に工事を完成し、それまでに材料代金等として金一六〇、〇〇〇円の支払を受けたが残代金一三二、〇〇〇円の支払に付いて破産会社は月末で手形決済の関係上都合が悪いからとて同年七月三日迄猶予を求めたが同日には父復同月五日迄延期方を求めたので更に同日請求したところ手形の決済が一時に重なつていた其の為に支払が出来ぬと云ひ、而も右建物は工事がすむのを待ちかねて逐次会社で使用してきたことゝて今更引渡を拒む事も出来ず結局代金に付いては引渡未了を作為する趣旨で右建物に抵当権を設定して弁済を確保することゝし同日抵当権設定契約を締結した、処が其登記をする為広畑司法書士に其手続を一任した際同人が弁済期が六月卅日であれば其設定契約は同月二十日にした事としては什うかと話したので同日附の前記抵当権設定契約書を作成し尚其登記をするに先立ち本件建物に付き破産会社の為所有権保存登記をしたり破産会社の負担と決めていた登記費用を同会社が前記司法書士に支払わなかつた等の関係で登記が遅れ漸く前記の如く同年八月八日に至り抵当権設定の登記手続をした事を認め得へしと認定した。

第一点

上告人の主張する右抵当権の設定契約は当時破産会社も被上告人も破産債権者を害すると云ふ点に付き

原審判決は前記の認定事実に甲第一、二号証、第一審に於ける証人高原正太郎(第一回)、春名泰治(一部)の各証言を綜合すれば破産会社は同年二月頃より営業不振に陥り同年七月頃に於ては資産は本件建物を除いては商品売掛代金等合せて三百万円位であつたに対し約二千万円の債務を負担し到底支払に応じきれない状態にあつた事を認め得るから破産会社の代表者高原正太郎は当時抵当権設定契約が債権者を害する事を知つて居つたものと解せられる様であるが原審証人高原正太郎の証言(第一回)によれば破産会社の代表者である同訴外人は本件の建物は被上告人が建築したのであるから工事残代金につき先取特権を有し従つて之れに抵当権を設定しても他の債権者を害しないと判断した結果前記抵当権設定契約をした事を認め得べく右認定事実によれば破産会社は当時詐害意思がなかつたものと云わねばならぬ

と判断して居る。

右認定事実の破産会社の代表者である高原正太郎が本件建物は被上告人が建築したのであるから工事の残代金に付き先取特権を有して居つたから之れに対し抵当権設定契約をしても他の債権者を害する意思はなかつたと思維して居つたものゝ如く判示せる処であるが民法第三三八条によれば不動産工事の先取特権は工事着手前に先取特権設定の契約し其登記を要するもので仮に破産会社が仮に右の如き意思がありとするも工事着手前斯る契約した形跡は何等存せず、従て法律上何等効力を生せざる処であり、従て法律上此無意義な意思は抵当権設定の前提とする価値なく、然れば之れを無視して本件抵当権設定に付いてのみ考慮せらるべき処である。然れば之れが一般債権者を害する意思のあつたものと見らるべき事は言を待たざる処と云わねばならぬ。

凡そ取引の当事者は不動産工事のみならず動産売買に付いても先取特権は認めらるゝ処であるが皆其手続を講じ居らざる処であり代金の回収困難に陥る時は債務者と特別なる債権者は先取特権設定契約が出来得た事情にあつたと云ひ得るのである。

従て公正な見地より観察して法律上何等意義のない主観的意思を採入れ判断の資料とする事は事実の判断を誤つたものと云わねばならぬ。

殊に原審判決認定の如く破産会社の債務二千万円、資産本件建物を除外して三百万円しかない処を対比すれば到底破産会社は善意なりとは云へない処である。

且つ此点に関する立証として上告人は原審に於て原審判決引用の証拠の外証人高原正太郎(第二回)、広畑典生、春名泰治(全部)の証言、被上告本人の訊問の結果を援用したのに原審裁判所は之れに付いて何等の判断をして居らないのである。

次に原審は上告人が被上告人に悪意があつた事を終始主張して居るが原審判決は之を認むべき証拠がないと判断して居る。此点に関する立証の責任は上告人にあらずして悪意のなかつた事を被上告人に於て立証する責任がある事は破産法第七二条の解釈上明かなる処である。(大審院昭和七年(オ)第一八八五号同八年二月四日判決)

原審は前段認定の事実に前原証人高原正太郎の証言及原審の被上告本人訊問の結果を綜合すれば破産会社は同年二月より営業不振に陥り負債整理に苦慮していたに拘らず表面では極力窮状を秘し経営状態が良好である如く装つていた為専門外である被上告人は商品等の多い其外観を信用して前記工事を請負い約定期日に代金の支払を受け得なかつたが尚且商人が月末に手形決済に追はれるのはありがちのことゝ思い多少遅れても抵当権を設定しておけば確実に支払を受け得るものと考へた為前記の如く抵当権設定契約を締結したが前叙の様な事情で漸く同年八月八日登記を受けたものであると判示し居る。

然しながら本件記録を通じて見れば抵当権設定契約が出来たのは六月末日にあらず其代金支払期日が六月末日であるのに金融の都合が付かず七月三日に延期したるも同日も支払を受くる事を得ずして同月五日に延期したるも其支払を受くる事を得ずしてここで抵当権設定契約が出来たものである。

被上告人が当初破産会社を信用して居つた事は認め得る処なるも第一支払期日六月卅日、第二支払期日七月三日、第三支払期日七月五日に少しの内入金の支払も受くる事を得ずして徒過する時は何人も金融に逼迫して居る事を看取し得るものにして、第一審に於ける証人春名泰治の証言(七項)、証人は原告破産会社に入社した時証人には判らなかつたのですが原告破産会社は六月下旬には相当大きな穴を明けていたそうで大体少なく共千五、六百万円もの負債が生じて居り之れに対し売掛代金の方は一時二百万円程度もあつたそうですが其時には左迄なかつたそうです

証人としては被告に対してこの負債の事を隠蔽して居た事もなく又左様な気持ちで応待してもいませんでしたが、ただ苦しい〓(金融上支払が苦しい意味で他に解する事は出来ない)と被告に申していただけで別段払はないとも申していません。

第一審証人高原正太郎の証言(第二回)末項当時に品物はありましたが支払手形が多く品物を換価しては支払に充てゝいたので被告に払ふ余裕はなかつたのです

この事実は被告も恐らく知つていたと思ひます。

第一審被上告人本人訊問調書

私が抵当権設定登記をすれば他の債権者を害する事になると云ふ事は考へないでもありませんでしたが私はそれよりも抵当権設定並に其登記をしておけば正太郎は私に対する支払を放つてはおくまい、免に角一応自分の債権は確保出来ると考へたからです

高原呉服店の営業が甘く行つてない事は私が度々代金を請求しても払つて呉れないので薄々判つてはいましたがはつきり知つたのは債権者集合の通知を受けた時です

私は最初六月卅日に残代金を請求に行つた時も正太郎は手形が忙がしいと申して居ました。(銀行預金不服で手形が不渡になるから其金融を作るのに忙がしい意味)

以上の証拠より見て被上告人が善意で抵当権の設定契約をしたと見らるべき事案ではない。

元来証拠の価値判断は原審裁判官の専権に属する処であるが濫りに之れを許さるべき処ではなく採証から事実の認定に至る過程に於て裁判官の経験則により判断せらるべき処である。

然るに破産会社の悪意及被上告人の善意にあらざる事実は前記の経緯より推して上告人の援用する各証拠の真実性が明白なるに上告人の主張を排斥したるは法令の解釈を誤りたる事実の誤認と云はざるを得ず。

且つ破産会社の悪意の点に付き上告人の援用した第一審の証人高原正太郎の証言(第二回)、広畑典生、春名泰治(全部)の各証言、被控訴人本人訊問の結果を援用したのに原審裁判所は之れに付き何等の判断をして居らず、之れ全く審理不尽にして憲法第三二条に違反し此点に対する判断(裁判)をなさざる結果となる。

又被上告人の悪意の点に付き前記の如く立証責任を上告人にある如く判示したるは法令の解釈を誤つたる違法を免れぬ。

第二点

原審判決は上告人は本件抵当権設定登記は支払停止及破産申立後に於て設定契約より十五日を経過した後被上告人が悪意でなしたものであるから破産法第七四条一項により之れを否認すると主張するが抵当権設定契約は同年七月五日に締結せられ支払停止破産申立のなされた後右契約より十五日以上を経過した同年八月八日に至り其登記がなされたものであるところ当時被上告人は支払停止及び破産申立のあつた事実を知らなかつたものであるから上告人の主張も理由がないと判示した。

然れ共上告人の主張は前記破産法第七四条一項に極限したものでなく(第一審上告人提出の昭和廿六年十一月廿一日附準備書面に記載の通り同法第七四条は仮定的主張なり)原審が引用せる第一審判決事実摘示の如く破産法第七十二条第一号、第四号、第七四条に該当する行為であると云ふのである。

従て原審判決は上告人の主張する破産法第七二条一号、四号に該当する行為であるか否かの審理判断をして居らぬのであり、従て憲法第三二条に違反して居る。

且つ破産法第七二条一号によれば被上告人に悪意がある時は支払停止及破産の申立のあつた事を被上告人に於て知悉せるや否やは問はざる処で其登記行為は否認せらるゝ処で第一審に於ける証人高原正太郎(第一回)の証言中

被上告人が抵当権の登記をすると云ふて来て証人が岡崎弁護士に相談した時岡崎弁護士は今より登記をしても無効であろうがしたいならさせておけ(債権者を害し取消されるから)と申しましたのですから証人は早晩この登記は取消されるかも知れぬと思つてゐました。

同春名泰治の証言中

原告(破産会社)の支払停止(七月廿二日)を食つた数日前のこと丁度被上告人が店の前を通り掛つたので立寄つたと云つて来た事があり其時被上告人は証人に向つて

とう〓あかんか

君は力一杯やつていた様だが

自分はこんなになるとは知らなんだ

と云ふたことがあります。

右の外前記援用の証拠によれば抵当権設定契約及登記をする当時被上告人に悪意のあつた事は動かすべからざる事であり、従つて破産法第七二条一号により登記行為も否認せらるゝことは当然である。

然るに原審判決は破産法第七四号のみを適用して上告人の主張を排斥したるは審理不尽の譏を免れず。

以上何れの点よりするも原審判決は破毀を免れざるものと思ひます。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例